Posted on Leave a comment

映画好きのためのサントラ通信 1 – Interstellar インターステラー

記念すべき最初のサントラ通信は、
いよいよ明日、9月9日の公開を控えた映画『ダンケルク』の名コンビ、
クリストファー・ノーランとハンズ・ジマーが2014年に生み出した映像と音楽の奇跡、インターステラー。

アングルも、カットも、全てが綿密に計算されるノーラン映画が、
その舞台を宇宙に移した時、当然のことながら無音であるはずの世界に音を吹き込む必要があった。

もちろん、そこらにある普通の音楽では、音がない”無”を表現できない。
ロックでもパンクでも、ジャズでもクラシックでもない、これまでにない未知の音楽が。

ハンズがこの映画のために課せられた使命は、
音楽は人間が侵すことのできない神の領域=宇宙の絶対的な力と、
その宇宙に漂いながら必死に人間の生命の糸を繋ごうとする”命”を表現することだった。

▼作曲にあたり先入観を抱かない様、
ノーランがハンズに渡したのは脚本ではなく一枚のメモ下記だけだった。

▼生命の呼吸を表現するため、
一部は『ダ・ヴィンチ・コード』にも登場したテンプル教会のパイプオルガンを使用して録音された。

など逸話の多い本作は、普通のサントラでは満足できない、サントラマニアのみなさんを別次元に誘ってくれるだろう。
ちなみに、本作はできる限り再上映などを利用して映画館で見ていただきたい。一週間は現実に戻ってこれなくなります。

※上記はほとんどがDanの主観と、ネットで見つけた不確定な情報を基に書かれています。

ただ言葉を失うローランのカットのリズム感、撮影の構図、
ハンズが表現した、無常にも人間の存在を消し去ってしまう宇宙の神々しさ、時間が経つにつれて家族の命が失われていく焦り、そして教会のパイプオルガンで表現したと言われる、生きようとする生命の切なさ、儚さ、そして呼吸!
そんな舞台を懸命に生きるマシュー・マコノヒーとアン・ハサウェイの命がけの演技。

異なる時空に存在する2人が心を通わせる瞬間。
異次元の中に、人間の愛を表現したハンズ。裏切り続ける父を信じたジェシカ・チャステイン。

人間を殺そうとしているわけではない。
ただ人間が存在してはいけない世界に来てしまっただけ。
無常の宇宙空間を、圧倒的なリズム感とスケールで描いたハンズ。
撮影は実在の湖面で行われ、ずぶぬれになるアン・ハサウェイは苦労したそう。

最後にサントラのメイキング映像。
ノーランの作品だから叶う潤沢な資金、
そしてその資金を最高の音楽に変えるハンズ。
7:20ごろから始まるオルガンの録音風景は圧巻。

あぁ、明日のダンケルクが待てない・・・
ではまた。

Dan

インターステラー概要(wikipedia)
出演はマシュー・マコノヒー、アン・ハサウェイ、ジェシカ・チャステイン、マイケル・ケインらであり・地球を離れ新たな居住可能惑星探索を行うためワームホールを通過し、別の銀河系へと有人惑星間航行(インター・ステラー)する宇宙飛行士のチームが描かれる。三次元に於ける不可逆性の時間と重力場、特殊相対性理論(ウラシマ効果)、特異点、ニュートン力学、スイングバイ航法、漆黒の宇宙空間、音の伝達、運動の三法則など科学的考証を用いた演出の他、人類存亡を賭けた未知の世界へ挑戦する倫理と勇気、信頼と愛、人生という限られた時間、ヒューマニズムも織り交ぜた物語の構成となっている。
脚本はジョナサン・ノーランとクリストファー・ノーランが執筆しており、2007年にジョナサンがパラマウント映画とリンダ・オブストの下で開発したスクリプトにクリストファーのアイデアが合わせられている。製作にはクリストファー・ノーラン、オブストの他に彼の妻のエマ・トーマスが参加し、また理論物理学者のキップ・ソーンが科学コンサルタント兼製作総指揮を務めている。
出資はワーナー・ブラザース、パラマウント映画、レジェンダリー・ピクチャーズが行い、シンコピー・フィルムズとリンダ・オブスト・プロダクションズ(英語版)が製作している。撮影監督にはホイテ・ヴァン・ホイテマが雇われており、アナモフィック(英語版)35mmとIMAX70mmフィルムが使われた。撮影は2013年後半よりカナダのアルバータ州、アイスランド、ロサンゼルスで行われた。視覚効果はダブル・ネガティブが作り上げた。
プレミア上映は2014年10月26日にロサンゼルスで行われ、11月より全世界で公開が始まった。北アメリカではデジタル上映の前にまだフィルムを利用している映画館で限定公開され、興行的に成功を収めた。

Posted on Leave a comment

映画好きのためのサントラ通信

友達のカラリスト(カラー・グレーディング)と先日飲んだ。
同じく映画監督を志す彼はとっても大切な友人の1人なのだけど、
好きな映画や監督の話をしていて気がついたことがある。

彼と僕とでは、
「映画を見る視点」「しびれるポイント」が大きく違うのである。

彼は映画の撮影技法テクニックにしびれ、
僕は映画の演技自然さ、そして何よりサントラにしびれていた。

この違いは大きなもので、僕はなぜみんなの様にスピルバークを敬愛できないのであろう、とこれまで悩んでいたのだかが、おそらく原因はここにあった。

スピルバークの映画音楽にしびれたことがないのだ。

僕はエンリオ・モリコーネが作曲を担当した「ニューシネマパラダイス」
が映画へ興味を持った入り口なのだが、

情緒あるクラシックを幼少期から聞きすぎたせいか、
スピルバーグ映画の音楽はどうも味気なく、軽く聞こえてしまう。
だから彼が好きな監督に入らない。

方やスピルバーグを敬愛する人たちは、
彼の撮影技法やテクニックにしびれることができる人たちなのだ。

それが僕にはできない!

監督志望の身としては致命的だが、
そうやって映画を好きになってしまったのだから仕方がない。

僕はサントラが映画の全てだ!論に命をかけて、
僕の映画道を歩んでいこう(言い過ぎだけど、嘘でもない)

あー、、、すっきりした。
ということで僕は、日本のどこかにいるであろう
サントラマニアに向けて、コツコツとサントラ通信を書いていこうと思う。

未熟な知識ではあるが、どうかお付き合いいただきたい。
スピルバーグ派の方、悪しからず。

Dan