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映画に、真摯に

先ばっかり見てると、前に進めなくなる

と、いうのがまさに最近の自分。

GW中にクリストファー・ノーランやらジム・ジャームッシュやらスピルバーグやら好きな監督の作品を見まくったのはいいけれど、その分レジェンド監督たちのあまりのクオリティーに畏れ慄いてしまった。

オレニハ、アンナノトレナイ!

怖くなった。動けなくなった。
でもよくよく考えてればそれって当たり前だ。

映画の巨匠が何年かけて、いくつ失敗して、今のレベルの映画を作ったと思ってるのか。見えない先ばっかり見たって何も見えない。むしろ見えるのは霧に迷ってる自分の姿だけ。

目の前に見えるものを撮れば

Tom Brosseau(トム・ブローソー)のライブ映像を見ていてハッとした。

僕は、先を見るんじゃなくて、
今の自分と、今の自分が作れる映画に真摯になればいいんじゃないか。

Tom Brosseauはシンプルなギターと自分の歌声だけ。
ぱっと見売れないミュージシャンのライブに見えるその姿勢には、一つの迷いもないように感じた。

そんな姿勢に、ギターの神様が、音楽の神様が微笑み返してるような気がした。
真摯に打ち込み続けてきたからこそ、到達できる境地だと思った。

流行りの音楽に目もくれず、ただひたすら、自分が素敵だと思えるものに自分の時間を費やしていく。Tom Brosseauはそれをやっていた。そして僕もそうなりたいと思った。

イマトリタイモノヲトル

それは誰のためでもなくて、映画と真摯に向き合うため。

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鬱には愛と掃除と美味しいご飯を!

「鬱には掃除と料理が一番」
この言葉に何度助けられた事か。

僕は友達によく「強い」と言われる事がある。
「鈍感」とも「KY」とも言われる事がある。

要するに、普通の人にあるべきはずの感情が欠落してしまっているのだろう。

いや、そんなことはどうでもいい。
今日言いたいのは、どうやって鬱を退治すればいいのか、その方法だ。

そう、こんな僕でも落ち込むことはある。
それに伴い掃除や家事をしなくなる事、よくある。
その現状に罪悪感を感じ、さらに気分が落ち込む事、ほんとよくある。

この無限ループを断ち切る、それは容易いことではなかった。

僕の両親は僕が9歳の頃離婚した。
それ以来母と2人で暮らしていたのだが、

当時僕はその術を持たなかった。
そして僕の母も、当然のようにもたなかった。

僕と母が暮らす狭い部屋は、必要以上の物で溢れていたから、
少しでもどちらかの気分が落ち込もうものなら、
すぐさま戦場という名の「カオス」へ突入した。

落ち込む⇒部屋が荒れる⇒さらに落ち込む⇒相手にあたる
喧嘩する⇒体力を消費し寝る⇒起きて汚い部屋に絶望し二度寝する
⇒起きてなにも変わらない現実にただただ絶望する

その繰り返しだった。

僕はその後1人アメリカへ渡り、
好き勝手やっていたある日、とても良い事を聞いた。

「落ち込んだら掃除が一番さ。
掃除して、きれいになった部屋で自分が作った料理を食べる」

「そうするとなんだから心が綺麗になって、
生きている事が嬉しくなるんだ」

今となっては誰が言ったのかまるで覚えていないが、
僕は試してみる事にした。

CMの最終オーディションに落ちてむしゃくしゃする日、
友達の前でとんでもない失態をおかしてしまい死にたい日、
ただただ自分の存在に絶望して消えてなくなりたい日、

そんな日に黙々と掃除をすることにした。
好きな料理をつくってみることにした。
※そういえば心が乱れる日は決まって部屋も汚い。

そうするとどうだろう、
不思議と、さっきまで消え失せていた「なりたい自分」が戻ってくる。

それ以来、僕は鬱と仲良く暮らせるようになった。
なぜなら彼を彼のいるべき場所へ返す方法を知っているからだ。

ほぼ毎日カオスへ突入していた当時の僕と母に教えてあげたい。

あなたたちのエネルギー、
口論よりも掃除に使って下さいと。
頼むから。

そうしたら幾分か素敵な親子関係が築けていただろうか。
母と会わなくなってからしばらく経つが、母の部屋は綺麗だろうか。

今日、僕はお嫁さんと部屋を掃除した。
喧嘩じゃない。掃除をしたんだ。