土門拳と彼が撮りたかった人たち

土門拳と彼が撮りたかった人たち

土門拳(1909~1990) 土門拳は昭和を代表する写真家である。 徹底したリアリズムにこだわった報道写真や、寺院仏像など日本の伝統文化を独特の視点で切り取った作品を発表。 激動の昭和にあって、そのレンズは真実の底まで暴くように、時代の瞬間を、日本人の現実を、そこに流れる日本の心を捉えた。「絶対非演出の絶対スナップ」など独自のリアリズム論を提唱し、戦後写真界をリード。また、写真界屈指の名文家としても知られる。土門拳記念館より (http://www.domonken-kinenkan.jp/domonken/)

土門拳記念館によると、土門拳の住んでいた明石町の家の襖には、土門自身が尊敬する人、好きな人、親しい人たちなど、肖像写真を撮りたい人物の名前がびっしりと墨筆され、撮り終わった人から墨線で消されていた、とあります。

線が多くなると襖紙を上に貼って、また新しく名前を書き並べていたそうで、戦前から戦後にかけて15年間、そうして撮りためた肖像写真を集めた写真集:土門拳 風貌には、尾崎行雄 志賀直哉 志賀潔 梅原龍三郎 永井荷風 島崎藤村 湯川秀樹 藤田嗣治 幸田露伴 レオニード・クロイツァー 上村松園 柳田国男 鏑木清方 小林秀雄 尾上菊五郎 井伏鱒二 宮本百合子 中村梅玉 小林古径 川端康成 水谷八重子 斎藤茂吉 喜多六平太 中村吉右衛門 滝沢修 千宗室 勅使河原蒼風 小原豊雲 市川海老蔵 会津八一 高村光太郎を収録しているそうです。

日本の巨匠から今後の方向性を着眼するのは、ひょっとするととてもおこがまし事なのかもしれませんが、土門拳が撮りたい人を書き留めていたというエピソードを知って、写真家としてこういった歩み方もあるのかと感じました。ファッション業界のクライアントや雑誌編集部の意向にそった写真を技術家として撮影するのではなく、好きな人を敬意をもって撮る。

今撮りたい人はだれだろう。現実的な可能性は抜きに、自分ならこんな写真を撮影したいと思う人・大好きな人は、
山崎努、ビートたけし、タモリ、リリー・フランキー、マツコデラックス、深津絵里、妻夫木 聡、満島ひかり、サカナクション山口 一郎、くるり岸田繁、わするまじおじさんこと:長岡京介、大竹しのぶ、吉田羊、八千草薫、柄本明、三浦友和、是枝裕和 、堀内貴之、マンボウやしろ、森山未來(敬称略)、、、あぁだめだキリがない。

DanはアメリカのSanta Monica Collegeでフィルムから写真を学んだ後、当時GUESSの看板カメラマンだったファッション・フォトグラファーのアシスタントを経験しました。
またパリのファッションコレクションにも参加しましたが、(その時の写真:http://kotofilms.com/portrait_photography_tokyo/paris-fashion-week/)どこか商業的なスペースに将来の居場所を感じられず、その後特定の分野を持たずフラフラと撮影を続けてきました。

今や30代を目前にし、年齢的な焦り、商業で活躍するカメラマンの作品を見る度に湧き出る嫉妬と戦いつつ、どうすれば自分の納得行く方向性が見つけられるのか、未だに模索を続けています。
「そんなモヤモヤしてるのなら、ジャンルを問わずただ撮ればいいじゃないか」そんなお叱りの声も聞こえてきそうですが、もう少し、しっかりと自分の写真とは何なのかを考えたいと思っています。が、いつまでそれも許さるのやら。他の写真家は日々自分の作品と向き合って突き進んでいるというのに・・・

土門拳の「風貌」には今後のヒントが隠れていそうな気がしています。たぶん。

下は土門拳が昭和27年に撮影したとされる李 香蘭 / 山口淑子 。
背景からポーズから、撮影した角度から、全てが力強い。。。

 

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